文月遊亀 memo*

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11月29日(月)雪の写真家と研究家

コラム書けたぁ〜!

ない知恵を絞って雪の写真家と研究家を紹介。
アメリカのウィルソン・ベントレーという人と、日本の中谷宇吉郎という人。
えーと、このお二方をご存知の方ってどのくらいおられるのでしょう?
 ご存知の方はコメントを!m(_ _)m

わたしはお二人とも全然知らなかったから、図書館や本屋を駆けずり回って関連書籍を集め、短期間で読みまくったわけです。

ベントレーに関しては『雪の写真家 ベントレー』という伝記絵本が出ていて。

アメリカはバーモント州ジェリコという豪雪地帯に生まれたベントレーは子どものころから雪が大好きで大好きで、毎日観察していて、その美しさをほかの人にも知ってもらいっていう強い思いから、一生を雪の結晶の撮影に費やしたという人なんです。
お金儲けのことなどは一切頭になく、子どものようにひたすら「雪が好き」という純粋な気持ちを持ち続けた人だったようです。
カメラつきの顕微鏡で雪の結晶の写真をたくさん撮り、今から約70年前、1931年に念願の『Snow Crystals』という写真集を発行した。それは彼が亡くなる一ヶ月前だった…とのこと。
すごい人生だなぁ…
なお、この絵本は版画が大変素晴らしいです。表現力豊かで、色合いも美しくて、あたたか〜い感じを受ける。

Snow Crystals』も借りてきました。

中は、黒の地をバックに、白い雪の結晶の写真がひたすらに並んでいるのです。万華鏡のようで、じつに美しい。圧巻。
今でもデザイナーさんたちの資料として使われているとか。

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中谷さんは、1900年生まれの物理学者。世界に先駆けて人工雪を作ってしまった人。
岩波文庫の名著『』では雪の被害に始まり、生成条件を解き明かし、雪の正体をつかまえるために人工雪を作る過程が描かれています。

科学のお話なので、一般人にわかりやすく書かれたものではあるけれど、わたしには少々難しい箇所もありました。
それでも「へえ〜」「へえ〜」の連続で面白かった!
こんなことを研究されている方がおられるんだなぁ…。文章もとても読みやすくて、確かに名著。
と思ったら、なんと中谷さんは寺田寅彦のお弟子さんなんだとか。エッセイも山ほど書き残しておられる。

『雪』にはベントレーのことも出てきた。もちろんこの写真集のことも。
彼は科学的素養をもたず、美しい雪の写真を撮ることを楽しみとしていた人だから、倍率や降った時期の記載が全然ないのが惜しまれるとしたうえで、こんなふうに書いている。

雪の結晶について多くの人の人々の関心と興味とを喚起した。この点においてウイルソン・ベントレーなるアメリカの一老人は偉大なる功績を残したということもできる。厳密にいってそれは科学的研究の産物とはいえないかもしれないが、その一生を通じて自然に対する純真な興味を失わず、うまずたゆまず成し遂げた彼の事業に対しては、われわれは尊敬を払わなければならないであろう。

でもね、こう書いたあとで、雪の結晶というのはほんとはベントレーの写真集に並んでいるような美しい結晶ばかりではないので、一般に雪の結晶というものがベントレーの写真集のようなものだと思わせたことは注意する必要がある、とも書いておられます。

中谷氏の『雪は天からの手紙』(岩波少年文庫)という本も読みました。
で、読んでいたら「自由学園」のことが出てきてびっくり!

同窓の友人M君から自由学園学術叢書第一を贈られたのでさっそく読んでみた。この小冊子には霜柱の研究と布の保温の研究とが収められていて、研究者は自然科学グループという名前であったが、内容を見ると5、6人の学園のお嬢さんの共同研究であることが分かった。
初めの霜柱の研究というのをなにげなく4、5ページ読んでいくうちに、私はこれはひょっとしたら大変なものかも知れないという気がしたのでゆっくり注意しながら先へ読み進んでいった。(略)これはまことに(略)、広く天下に紹介すべき貴重な文献であるということが、読み終わって確信されたのである。
この研究を読んで、私は非常に驚いたのである。この仕事についてはまず第一に指導した先生がよほど偉かったのであろうということが考えられた。それから「物理学」の知識がさほど深いとは思われぬ若い娘さんたちが、優れた「物理的」の研究をある場合には立派になしとげるという良い例がわが国に出たということをうれしく感じた。


高校生の女の子たちが、霜柱の研究をあっけらかんと、しかしかなり深いところまで成し遂げたことにびっくりしておられるのですね。
驚くべきことに、これ、1940年に書かれた文章です。
ということは、このときの女の子たちは、ご存命であれば、88歳くらいという計算になる。

ああ、でもわたし、自由学園がそういう学校だということは、学園出身者の99歳の方のお話を母から聞いていて、わかるんだ。
そういう教育を行っていて、純粋に興味を抱いたことを研究できる環境が整っているということ。
それにしても、びっくりしました。

中谷さんの著述には、日本の発展にとって科学的に考える市民が増えることが大事というようなことが書かれていたのが印象的でした。
いわゆる専門馬鹿、の学者さんではなく、科学と社会とのつながりを考えていた人だったようです。

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理系の文学少女Kちゃんに教えてもらったんだけど、故郷の石川県加賀に「中谷宇吉郎 雪の科学館」なる科学館があるそうです。
「理系の文学少女だから知ってたわけではなくて、建築も有名で、一度行ってみたかったんです〜!」って、いやいや物知りだね。わたし中谷さんのこと3日前に知ったんですけど!

今度雪が降ったら虫眼鏡でのぞくんだ。
雪について、今ちょっとだけ詳しくなってるよ。雪って不思議。自然って不思議。

『雪』はこんな文章で結ばれている。

このように見れば雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。そしてその中の文句は結晶の形および模様という暗号で書かれているのである。その暗号を読みとく仕事がすなわち人工雪の研究であるということも出来るのである。

うーむなるほど。
「雪は天からの手紙」っていうのは岩波少年文庫のタイトルにもなっているように、中谷博士の非常に有名な言葉なんだそうです。けだし名文。名キャッチコピーですよね。

雪の結晶は天から送られた手紙…なんてロマンチックな。
手紙に書かれた暗号を読み解く。雪の研究とはそういうことなんですと。わくわくしますね。
科学の原点は「わくわく」なんだな、と改めて思いました。
「わくわく」を見つけられる、感じられる感性でもあるんだなと。



| 本・雑誌 | 23:22 | comments(0) | trackbacks(0)
11月15日(月)ショパン本

今年はショパン生誕200年なんですよね。

ショパンというと、わたしの中ではエチュードの「別れの曲」の一番難しい部分を生爪が剥がれそうなほど練習しまくった思い出が真っ先に蘇るかなぁ(はー怖いわ音楽って…優雅なだけでは全然ないんだよねピアノを弾く行為というのは)。

ってことで、ショパン生誕200年企画として今年9月に出た岩波ジュニア新書の『ショパン――花束の中に隠された大砲』(崔善愛著)を読みました。

これ、と〜っても良い本です。ただの企画本と侮るなかれ。
ショパンって曲は知ってるけど人生はよく知らない、どんな人生を送ったのか知りたいって人にはほんとおすすめ。ジュニア新書だけど大人も読むに足る。
てか語り口は若者向けに丁寧語(ですます体)だけど、中味はほとんど大人向けな充実の内容。

父親はフランス人、母親はポーランド人。1810年ポーランドに生まれ、1849年、フランスにて39歳の若さで亡くなったショパン。ポーランドの歴史とからめてとてもわかりやすく書かれています。
著者は在日韓国人としてお生まれになったピアニストの方で、「はじめに」で、「『ピアノの詩人』としてではなく、自分の国を追われ、苦しみ、悩み、怒る一人の人間」としてショパンに共感したと書かれています。

この本を読むと、ショパンの音楽は、甘いとかロマンチックとか、時として俗っぽいという評も聞かれるけど、決してそうでないのだということがよくわかる

彼の音楽は、単に甘いロマンチックなものなどではなく、故国ポーランドの悲劇を自らの悲劇として背負い、侵略に対してどう戦えばよいのかと苦悩した日々のなかから生み出されたものなのです。(P94)

祖国に帰れなくても自分の考えを貫き、侵略しようとする国(ロシア)に抵抗したショパン。
彼は「ピアノの詩人」ではなくて、「革命のピアニスト」だったのです。

そう、ポーランドは長い抑圧された歴史をもつ国。分割され、消滅させられたり、建国してはまた支配下に置かれ…独立を果たしたかと思いきやまた大国の支配下に…
国ではないけど(国だったこともあるけど)沖縄を連想してしまう。

何度街や文化を破壊されても、ポーランドの人びとは、そのたびにかけらを集め、また作り直すという繰り返しを200年以上もずっとつづけてきたのです。なんという忍耐でしょう。ZALという言葉は、このような忍耐をもその意味に含んでいるのかもしれません。 (P171)

ZAL(ジャル)というのはポーランド語で、ショパンを尊敬していたリストによるとこんなふうに書かれています。ポーランド人にしかわからない、複雑な、色んな気持ちがごちゃまぜになった感情のようです。
※「彼」というのはショパンのこと。『ザル』とはZAL(ジャル)のこと。

たとえかりそめに明るさを装うことはあっても、彼は精神の土壌を形作っていると言ってよいある感情からけっして抜け出ることはなく、そしてその感情は、彼自身の母国語によってしか表現できず、他のどんな言葉も、耳がその音に乾いているとでもいうように彼がしばしば繰り返す『ザル』というポーランド語と同じものを表すことはできない、この『ザル』という語はあらゆる感情の尺度を含んでいるのであり、あの厳しい根から実った、あるいは祝福されあるいは毒された果実ともいうべき、悔恨から憎しみいたるまでの、強烈な感情を含むのである――と言った。(P132)


そしてもう一冊、ショパン関連本…ではないけど、ショパンが出てくる日本文学といえば…これしかありません。
福永武彦『草の花』。
再々読くらいだと思うけど、初めて読んだのは大学生のときで、わたしはこんなの真面目に読んでいたから悩んだり考えすぎたり眠れなくなったりしていたんだろうな〜…なんて思った。

恋愛、宗教、芸術、戦争、人生について、汐見氏、あーだこーだと考えすぎなんだもの。考えすぎるってのは…やはりよくないですよ。人生がおかしなことになっていく危険性大。ある程度お気楽に流されて生きるのが幸せに生きるコツだと思うんですね。これは身をもって感じていることですが…

今読むと、以前とは違うところにひかれる。たとえばこんな部分。

人生というのはもっと別のものだ、もっと明るい、もっと実のある、もっとbrillant(ブリヤン)なものだ、と。しかし、この夢は決して覚めなかった。それは僕が死ぬまで覚める筈のないこと、この悪夢のような忌まわしい恐怖が、そのまま僕の現実であることを、僕は遂に認めざるを得なかった。

さて、そして、ショパン! ショパンです。「第二の手帳」でピアノ協奏曲第1番が出てくるんですね〜。
千枝子は、玄人はショパンは甘い、俗っぽいと軽蔑するんでしょ?と汐見に尋ねる。汐見の答えは…

――甘いとか甘くないとか、そんなことは問題じゃない。その人の魂にしんから訴えてくる音楽が、その人にとって一番いい音楽だ。ショパンがどんなに甘くったって、ショパンは生命がけで作曲したんだ、ぎりぎりのものだったんだ。ショパンは結核だったから、きっと自分がそう長くは生きられないことがわかっていたんだろうね。自分の死ぬのがわかっていたら、どんなにか厭だろうね。
――およしなさい、そんなことを考えるの。
――うん。僕はただね、安心して生きている人間が、ショパンは甘いなんて軽々しく口にすべきじゃないと思うのさ。それでなくったって芸術家は、誰でも苦しい負目のようなものを背負って、今倒れるか今倒れるかと思いながら歩いていくんだものね。

その次の次のページ。

――ショパンは、どこのフレーズを取ってみてもみんなショパン的なんだね。そりゃどんな音楽だって、モツァルトはモツァルト的、シューマンはシューマン的なのは当たり前の話だけど、特にショパンの場合には、あの夢見るような旋律が、実に個性的な美しさをもって、すみずみにまでちりばめられているのだ。真に独創的なものは、それが繰り返して現れてくるように見えるときでも、決して同じものじゃない。細部はそれぞれに微妙に違っていて、ところによっては大胆不敵な手法も使ってあるが、それがまた実にショパン的なんだ。だからほんの一フレーズだけ聞かされても、ショパンのものなら決して他の音楽家のものと間違えるはずがない、と思うよ。

ふむふむ、汐見さん、なかなか良いことをおっしゃいます。
ショパンの音楽について、結核とか、芸術家としての宿命といったところから解釈しているけど、これにポーランドの歴史という視点が加われば上の本で書かれていることとかなりマッチします。

ショパン的なフレーズということについては、わたしもまったく同感。優れた作曲家はどの曲にもその人らしさがにじみ出てしまうわけですね。
汐見さんのように、特にショパンが…とは思わないけど、優れた作曲家であればあるほどその傾向が強くなるのではないかな…と思います。

ポーランドの歴史、ショパンの思いを想像しながら、エチュードやポロネーズ、ピアノ協奏曲を改めて聴いてみようと思います。

| 本・雑誌 | 23:22 | comments(0) | trackbacks(0)
11月12日(金)『ダンス・ダンス・ダンス』

BBつながりで、ふと村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』が読みたくなって再読(再々読だっけ?)。
ユミヨシさんや五反田くん、ユキたちと久々に再会する。


「どこにも行けない」。
ここ10年くらいか? 頭の中でしょっちゅうこのフレーズがよぎるのはこの本のせいだったと気づく。
恐るべし村上春樹。わたしに与えた影響力たるや……

主人公は離婚経験あり、「文化的雪かき」的ライター仕事をこなす34歳。
もう若くはないさと君に言い訳するわけではないが若くないことを実感しており、
「どこにも属していない」「どこにも行けない」八方塞がりな状況で、
踊り続けていなくてはダメだと羊男から忠告される。

登場する音楽は、ビーチボーイズ、スライ&ザ・ファミリーストーン、ドアーズ、ストーンズ、ピンクフロイド、ラビン・スプーンフル、スリー・ドッグ・ナイト、シューベルト…などなど(もっといっぱい)。

僕とユキは、車の中で一緒に「ヘルプミーロンダ」を歌ったりしている。
(※ビーチボーイズについては最後にまとめて書きます。)

登場する場所は、渋谷の僕のアパート。赤坂のユキのマンション。
「いるかホテル」のある札幌、アメの家のある箱根、僕とユキが滞在するハワイ…

赤坂周辺の記述がなんとも懐かしいこと。赤坂署や乃木神社。
乃木神社にて、僕はユキと、マセラッティという車について話す。座っているベンチはあのあたりだろうな、と手に取るようにわかる。

乃木坂といえば『1Q84』でも乃木坂のフレンチレストランが出てきたなぁ。
あの件(くだり)は、「FEU」(←昔はもっと難しい字が当てられていたけど、今はこんな名前になったみたい。音は“ふう”ね)を想像しながら読んだ。

そのほか食べ物の記述などが大変楽しいのはどの村上作品もそうなのだけど。
だけど、どうしようもなく高度資本主義社会システムに組み込まれちゃっている人間のありよう(書かれた時代は80年代後半)、「どこにも行けない」感じ、がしんどくて重い。『モモ』を想起しちゃったりも。
さらに、上記のとおり「もう若くはない」ということが強調されているし。
大きなテーマは「死」でもあるし。
たぶん執筆時の春樹さんと今の自分の年齢が近くなっているため(これビックリだけど!)、何だか昔読んだときよりよくわかる感じだ。

一組の男女のつながりで物語を完結させるのは『1Q84』と同じだなぁと思った。
人とのつながり。そこに救いを見出す。
春樹作品の大きなテーマのひとつですね。
喜びを他の誰かと分かち合う。それだけがこの世の中を熱くする。
って、オザケン思い出しちゃったなぁ。ちょっと話がそれちゃったなぁ。

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※ビーチボーイズについて

ビーチボーイズの『サーフズ・アップ』も聴いた。


と、わざわざアルバム名をあげているところがあるが(下巻P152)、
後年『意味がなければスウィングもない』でも『サンフラワー』とともに取り上げていることから、とりわけ好きなアルバムなのだろうと思う。
下巻P20には五反田くんと僕のビーチボーイズについての会話あり(↓)。

「そういえば、『グッド・ヴァイブレーション』からあとのビーチ・ボーイズは殆ど聴いてないね。何となく聴く気がなくなっちゃったんだ。もっとハードなものを聴くようになった。クリーム、ザ・フー、レッド・ツェッペリン、ジミ・ヘンドリックス……。ハードな時代になったんだ。ビーチ・ボーイズを聴く時代じゃなくなった。でも今でもよく覚えているよ。『サーファー・ガール』とかね。お伽噺だ。でも悪くない」
「悪くない」と僕は言った。「でも『グッド・ヴァイブレーション』以後のビーチ・ボーイズも悪くはないよ。聴く価値はある。『20/20』も『ワイルド・ハニー』も『オランダ』も『サーフズ・アップ』も悪くはないLPだ。僕は好きだよ。初期のものほどの輝きはない。内容もばらばらだ。でもそこにはある確かな意思の力が感じられるんだ。ブライアン・ウィルソンがだんだん精神的に駄目になって、最後には殆どバンドに貢献しないようになって、それでも何とかみんなで力をあわせて生き残っていこうとする、そういう必死な思いが伝わってくるんだ。でも確かに時代にはあわなかった。君の言うとおりだ。でも悪くない」
「今度聴いてみるよ」と彼は言った。
「きっと気に入らないよ」と僕は言った。
彼はテープをデッキに入れた。『ファン・ファン・ファン』が流れた。五反田君はテープにあわせてしばらく小さな音で口笛を吹いていた。
「懐かしい」と彼は言った。「ねえ、信じられるかい? これが流行ったのはもう20年も前なんだぜ」
「まるでつい昨日みたいに思える」と僕は言った。

ブライアン不在のBBをみんなでがんばって支えていくのがよい、というのは村上春樹氏の一貫した見解なのですね。
『意味がなければスウィングもない』ではこんなふうに書かれていました。

しかし他メンバーの提供したいくつかの曲が、ブライアンの生んだ曲のまわりを、従属的な星座のように彩るとき、そこには不思議なほど有効的で、興味深い、トータライズされた音楽世界が生まれることになった。「ビーチボーイズ」という集合的な生命体の持つ優しさや、傷つきやすさや、矛盾や、希望や、迷いや、そういう雑多なものが、我々の眼前に、ひとつの不分離な風景として浮かび上がってくるのだ。そこにはビーチ・ボーイズがブライアンのワンマン・バンドであった黄金時代とは一味違う、積極的な「共有感」のようなものが生じている。
| 本・雑誌 | 23:19 | comments(0) | trackbacks(0)
11月7日(日)佐野洋子さん

11月5日に、佐野洋子さんが、亡くなりました。
会社でネットで見て、大変驚いてショックを受けたのだけど、だれにも話せぬまま。
翌日絵本好きのKちゃんからメールが来て、ショックだね残念だねと返信す。

わたしはまず彼女のエッセイ(『がんばりません』と『ふつうがえらい』)から入った。
『100万回生きたねこ』を読んだのはそのあと。

その、歯に衣着せぬというか、自由奔放に書きたいことを書きたいように書いているところや、気取り屋やエセインテリの化けの皮をはがすというか、本当のところをズバズバ突くところにかなり衝撃を受けた。
「裸の王様」に出てくる子どもみたいな。「裸じゃん。服着てないじゃん」って言っちゃうみたいな。

すっかり佐野洋子信奉者になっちゃって、随分影響を受けたように思う。
考え方とかものの見方はもちろん、文体とかも。

1年くらい前かなあ、新潮の文芸誌『Yom Yom』に、「もうすぐ死ぬから嫌われるのを覚悟で書くけれど、日本人は分を知るということを忘れてしまったようだ」みたいなことを書いていて、この人相変わらずすごい…と苦笑いしてしまった。

わたしのもってる佐野洋子さんの本たち。ほかにハードカバーもある。
タイトルだけ見ても過激ですね。

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佐野洋子さん、たくさんの良い刺激を、大変ありがとうございました。

どうぞ安らかにお眠りください。
心よりご冥福をお祈りします。

| 本・雑誌 | 20:46 | comments(0) | trackbacks(0)
11月6日(土)ポプリつながり

『続・私の部屋のポプリ』(熊井明子著)という素敵な本を読みました。
1978年に出版された名エッセイの復刻ということですが、いや、素晴らしい。
「続」というからには『私の部屋のポプリ』もあるわけで、そちらも復刻されているらしいがこちらから読んでしまった。

いかにも女性らしい感性を感じます。しなやかで、繊細。
しかし、同時に芯の強さや気骨も感じさせる。そこが、よい。

やわらかな女性らしさとしては、たとえばこんなのが。

「はにかみが押して作った片えくぼ」(←タイトルがすでによい)

自分で、あ、心がとげとげしくなっている、と思うとき、私はやわらかいものに刻印された可愛らしい形を思い浮かべます。
たとえばパール・バックの母が、牛乳に浮かんだ黄金色の粒を集めて作ったバタに押したイチゴの刻印。(母の肖像)
コレットの祖父が屋上に干しておいたチョコレートのやわらかい塊の上に、夜、猫たちが歩いて押した、五弁の花びらみたな足あと。(クローディーヌの家)
ほのかに泰山木のにおいがする新しいクリームの、きれいにならされた表面に、小ゆびでチョンとつけた丸いくぼみ。

…と、このあとも「刻印された可愛らしい形」が続くわけですが、
こういうセンス、たまらなく好きでございます。
あ、「my favorite song」に通じるものがありますね。子猫のひげとか!



左側がその本。
右側は、わたしが小学生のころから大事にしている大好きなポプリのレシピ本。
『花びらで作る自然の香り ポプリ』(森田洋子著)。
今は絶版みたい。
ポプリって、80年代に流行りましたね〜。

この本も今改めて眺めると、デザイン等、80年代フレーバーたっぷり。

当時はわたしの持っている本の中で最高にハイセンス!と思っていました。
この本を開くたび、今でも、そのときの気持ちを思い出す。
この本が後年、「文化出版局の本はお洒落」と思うようになったきっかけだったかも。



↑こんな見開き写真とか、もう大好きで、瓶とかもなんて素敵なのーっと思って、
全部作りたい!と思ってたもんね。サシェとかもね。死ぬほど憧れた。

後ろのほうには花や葉っぱ、あるいはハーブやスパイスなどが標本みたいにして載っているのですが、何とか家にあるもので試せるものはないかと目を皿のようにして眺めて。
あ!これならできそう!と、トマトの薄皮をはがして乾かしてみたり、
冷蔵庫を物色してシナモンや月桂樹の葉を発見して喜んだり(笑)

地方の小学生には材料や道具が手に入らず、
実際には何一つ作ることができなかったわけですが!


あ、それで、前者のほうも1978年発行というと、「ポプリ」ブームがきていたんでしょうね。
それでこのタイトル。
あとがきには、タイトルの説明としてこんなふうに書かれています。

私は、ポプリそのものも好きですが、ポプリが象徴するものにもひかれます。さまざまの花や香りがとけあって、一つの香りが生まれるポプリ……この本もまたわたしが作ったポプリの一種です。ほのかな香りを、あなたにお届けしたくて。


1ページ単位のエッセイのあとは、もっと長めの紀行文のようなものも収められていて、これがまた、いい。
前橋と花巻はわたしも旅したことがあるので、情景を浮かべながら読むことができました。
前者は萩原朔太郎、後者は宮沢賢治文学紀行、です。
熊井さんは宮沢賢治の弟さんにお話をお聴きになっていたり、わたしが訪れた宮沢賢治記念館はまだ「建設が計画」されていたりして、時代を感じました。

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ところで。
今日は、種から育てているパンジーの植え替えをしました。写真は青いお花の分、33個。
ほかに、黄色が30個。

大きくなって、春にはきれいなお花を咲かせておくれ。
パンジーをポプリに使うとしたら、香りではなくて、彩り用だね。

| 本・雑誌 | 22:18 | comments(0) | trackbacks(0)
8月13日(金)食の本
 

BRUTUS7月号を読んだら、面白そうな食に関する本がたくさん紹介されていて、思わず赤丸をつけてチェック。

読んだのはこんなの。

 

女たちよ!』伊丹十三(新潮文庫)

なんで今まで読まなかったか…と後悔。この本物志向は、本物だ…

この時代にスパゲッティのゆで方(アルデンテ!)を伝授。美学に貫かれたエッセイ。

70「すぐれた舌を持っている人は、これから作ろうとする料理をどういう味にするか、にはっきりしたイメージを持っている。イメージがあるから途中の段階でだんだん味を整えていくことができる。」

 

音楽も同じだ〜! イメージが大事、「考える」より「感じる」ことが大事、と思います。

料理と音楽はホントによく似てる。

 

カルボナーラの作り方が載ってますが、もともと、ローマの、労働者の食べ物なんだそうで、なるほどなと思った。
 

いつも、ふたりで ばーさんがじーさんに作る食卓』岡西克明,岡西松子(講談社)

これ大人気のブログなんですってね。それを書籍化したもの。

60代の仲良しご夫婦の食卓。

ご主人の体のためにカロリーを抑えつつも、中華にイタリアンにとハイカラな毎日のご飯。

奥様の愛が感じられます。

 

「なんて素晴らしい食卓!」と驚く人が多いだろうけど、わたしはうちの母親の食卓に似てるなぁと思った。ブログ書けば間違いなくいける。でも書く人がいません(このご夫婦はご主人がブログ担当)。


■『土を喰う日々―わが精進十二ヵ月』水上勉(新潮文庫)

福井の貧農に生まれた水上氏は京都の禅寺に出され、そこで精進料理を教わる。

畑の野菜を、皮も無駄にせず、何かを洗った水も捨てずに樹木や畑にかける。

そこで水上氏が思い至ったのは、「食べる」ということはすなわち「土を食らうことなのだ」ということでした。

本書では、水上氏がそんな少年期の体験をもとに、軽井沢において山菜や木の実、芋、菜っぱ、土にはぐくまれる材料からさまざまな料理を作ります。

これ、食に興味のある人はもちろん、現代人必読の書ではないかなぁ。すばらしいです。本来の食生活とはかくあるべき、と思います。

 
■『考える胃袋―食文化探検紀行』石毛直道、森枝卓士(集英社文庫)

食のことをとやかくいうのは恥ずかしく、学問として成立しないと考えられていた。それを研究テーマにしてしまった石毛氏と森枝氏の対談。

わたしが面白かったのは「第二章 魚醤・シオカラ談義」と「第四章 文化“麺”談」。

 

【第二章 魚醤・シオカラ談義】

いわゆる「うま味」の分布は、北海道を除いた日本と朝鮮半島、中国北東部あたりが「穀醤」卓越地帯で、東南アジアが「魚醤」卓越地帯なんですって。穀醤とは醤油や味噌ね。

魚醤はシオカラがもとになっているんだとか。それが液体になった。

魚醤は、高温多湿な東南アジアの水田地帯で、増殖された魚が乾季になって水が引くときに川に移動する。それを長期保存しようとして生まれたものだそうです。


日本では今や秋田の「しょっつる」など、一部の地域にしか残っていないけれど、かつては魚醤を用いる文化圏だったとのこと。

69「日本にも水田漁業はあった。(略)歴史的記録を相手にして、内陸部の農民にとっては、商人から買う塩蔵魚や干物がごちそうで、無塩の魚、つまり鮮魚を食べる機会はめったになかった、などといわれますが、それは、魚といえば海産魚という思い込みです。水田漁業の産物の淡水魚から、動物性のたんぱく質を補給していたはずなのですが。」

穀醤は魚醤のあとにつくられるようになった。
74「穀醤がつくられるようになると、穀醤の方が上等の食品だとされ、また大量につくることができる……。魚なんて一家にとれる量なんて知れている。魚醤は、もともと自家消費用につくったものなんです。大量につくれる穀醤は、商業に結合し、商品化されやすい。そういったことで、どんどん東アジアでは穀醤がとってかわってしまった。」

 

【第四章 文化“麺”談】
麺談義は面白い。イタリアのパスタも中国から伝わったのでは?という説が有力みたい。どのようにしてかはよくわからないみたいだけど。

中国語では、麺は小麦粉という意味なのだそうで、そこから派生した餅の話も面白い。

そっか、お餅はもともと小麦粉で作ったものを意味していたんだな。

 

112「石毛 麺は中国語では小麦粉という意味なんです。小麦粉を加工した食品が、餅。胡餅の「胡」というのは中央アジアを経由して、西側から中国にもたらされた文物をさす。胡餅は、発酵させない小麦粉生地を円盤形にして焼いた食べもので、ゴマ粒をたくさんくっつけたものが多い。ゴマ(胡麻)も胡の字がつくでしょ。西域からの伝来。
現在の中央アジアもナンをよく食べますよね。ナンというのは、タヌール、タンドールなどといわれる円筒形のかまどを熱して、かまどの側壁に発酵させた小麦粉生地を薄く延ばしたものを貼りつけて、焼く。最初、小麦と一緒に中国に伝わった食品は、ナンや胡餅のたぐいじゃないかという気がする。」

ところで、二章と四章ではないんだけど。これ、強烈!!! ああ、なんとまあ食の文化はさまざまであることよ……
「石毛 ハッザが、積極的に調味料として使うものが一つあるんです。何かといったら、クサムラカモシカなどの草食動物の腸管の中身をしごいたやつです。腸の内容物というといい言い方だけど、別の言い方をしたら製造過程にあるウンコですからね(笑)。それを肉につける。茹でるときの湯に放り込む。彼らにとっては、おいしく味をつける調味料です。しかしわたしにとっては…糞の臭いがするのと、(略)胆汁が混ざっているから苦いんですよ。」

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ちなみに『BRUTUS7月号では木下謙次郎という人を取り上げています。
衆議院議員、貴族院議員を務めた政治家なんですって。1925年発行の『美味求真』を書いた人。
大分県宇佐市安心院の出身ということで(宇佐市は父親の出身地! わたしは上司へのおみやげに『安心院蔵』という焼酎を買って帰ったこともある。そのことを書いた記事はこちら)、臼杵の河豚(フグ)、安心院の鼈(スッポン)、日出町の鰈(カレイ)など、大分のうまいものが登場(フグは向こうでは「フク」っていうのよね。こっちでは高級だけど、あのあたりでは臼杵に限らずよく食される)。

VIVA大分本なのです!

 

| 本・雑誌 | 23:07 | comments(0) | trackbacks(0)
1月30日(土)サリンジャー氏死去

27日、サリンジャー氏が亡くなったそうだ。昨日の夕刊で知った。


白水社Uブックスの『ライ麦畑でつかまえて』は、幸いにも高校生のときに読んだ(手元にあるはずなんだけど見つからなくて。あの表紙大好きだからアップできず残念)。
でも当時はホールデンのイライラとか不満とか葛藤とかが、あまりよくわからなかったような気がする。
乱暴な言葉遣いなんかにひたすら驚いた(というか引いた?)ような記憶がある。
これまで読んだことのない類のお話だと思った。これがアメリカか?というカルチャーショックもあったなぁ。

3年前に村上春樹の新訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読んだときには、妙な感慨があった。
以下、ブクログに書いた感想。

高校を退学になったホールデンの2日間だか3日間だかのお話。
春樹さんのおかげでホールデンと再会できたよ! ありがとう! 17年ぶりくらいの再会でした。春樹節のサリンジャー、すっごく良かった!!
ホールデンはNYっ子だったんだね。グランドセントラル駅とかセントラルパークとか美術館とか思い出しながら、あのあたりをホールデン君が歩き回る様子を想像しながら読みました。

あまりに感受性が強くて繊細なあなたのことが、同じ年頃で読んだときよりももっとわかるような気がするのはなぜでしょう。あなたの抱えるいらいらは、若さゆえでの苛立ちでもあるけど、生きるうえでだれもが抱えるものでもあるからなのかもしれない。とかこんな言葉もあなたには苛立たしいものだろうけど。
とにかく、春樹さんが訳したかったはずだよ。まったく、じつに傑作。

ちなみにわたしは『フラニーとゾーイー』も大好きだ。
グラース家7人兄弟のお話のなかで、これが一番好き。
サリンジャーさんをしのんで読み返すとするか。

| 本・雑誌 | 13:46 | comments(2) | trackbacks(0)
1月17日(日)

フレンチローストの豆を大量に使って濃く抽出したコーヒーにミルクたっぷり入れたカフェオレを飲みながら『ku:nel』を読む。
パリへ。
お菓子の世界へ。
別世界にトリップする幸せ。



付録でついてきたカレンダー。去年のカレンダー(左)がほんとに可愛いイラストで大好きだったのだけど、今年はイラストなしだった(真ん中)。残念…

パリのおいしいお店、おいしい食べ物がたくさん。
コンフィズリー(砂糖菓子)が美しくて可愛くて、胸がキュンとなる。

おいしいもの大好きなドミニクさんという方の言葉ですごく印象的なのがあった。

「選ぶ」というのは訓練によって身につく習慣であり美意識だ。私は5歳の時から、明日着る服を前夜に自分で選ぶようにしつけられてきた。最初は手探りだが、いつしか格子のシャツと縞のズボンは合わないなとわかってくる。自然に、もっと美しい組み合わせ、自分にとって気持ちのいいものを選び取るようになっていくんだ。私は確かに人より要求が厳しい人間だが、これはひとつの生き方のスタイルであって、わがままではない。


本当にそうだと思う。
「選ぶ」ってほんとに美意識だ。大切なことだ。

イタリアでは5歳の子どもも自分で洋服を選ぶと聞いたことがあるけど、フランスでもそうなんだな。
そのことを大分前にこちらで書いたことがあった。

| 本・雑誌 | 21:35 | comments(3) | trackbacks(0)
11月12日(木)『カラマーゾフの兄弟』

3年も前の出版時当初から気になっていて手がつけられなかった、新訳『カラマーゾフの兄弟』。
時間がある今こそ大作に取り組むべし、と思い今月から読み始めた。


長い〜。長いよ〜。読んでも読んでも終わらない。

今月下旬からはまた慌しい日々が始まり、時間はもちろん、気持ちの余裕もなくなってしまうわけなので、何とかそれまでに読破したいと懸命に読むけれど、なかなか…

1巻は面白く読んだものの、2巻でキリスト教、魂の救済といった非常に重厚なテーマが出てきて読み進めるのに困難を覚えはじめ、今3巻でまた読みやすくなり、半分ほど読んだところ。

3巻は、三男アリョーシャの内面や、長男ドミートリーが主人公となる物語なので読みやすい。

ただし、時系列が少々混乱してきて、これは何日目に起こったことだっけ!?と1、2巻を確認しながら読むのがちょっと大変(巻末の「読書ガイド」にまとめられている“あらすじ”を活用。これとても便利! 「読書ガイド」も読み進める上でとても頼りになる)。

4巻がまたえらい長くて、700頁もあるわけで…忙しくなるまでに読み終えるのはおそらく無理だな…あらすじを忘れちゃいそうなのが嫌なのよねえ……
でもまぁ仕方ないや。読めるだけ読んでおこう。

| 本・雑誌 | 17:12 | comments(0) | trackbacks(0)
10月1日(水)「yom yom」vol.12

昨日とはうってかわっていいお天気。
朝の数時間で、洗濯、衣替えをすませました。いい気持ち。

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一昨日本屋で見つけた「yom yom」。

2006年秋の創刊以来毎号買っているが、正直、最初のころの新鮮味はさすがに薄れ(読者って勝手だね)、少々義務的に購読する今日このごろ。
今回も、そんな気持ちで購入。

しかし読んでみるとやっぱり面白いのだ。
必ず手に入れてよかったなあと思わせてくれる。すごい。

わたしは疎くてわからないけど、今号は小野不由美さんの「十二国記」が目玉なんだろね。

わたしは小池真理子さんの「蒼いトマト」から。いきなりガッツリ心をつかまれる。
小池真理子さんの小説ってのは読み始めたら止まらないというか、その世界にすごい力で引きずり込まれてしまう。どれもこれも。

これもやはりそうだった。ラストは何だか辛くて涙が出てきた。

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今回の特集は「誰もがすなる日記」。

高山なおみさんの日記を読んでいたら、「クーネル」を読んでいるのだったかわからなくなった。
イラストレーターの川原さんとか出てくるし…。
いやいや、「yom yom」だったよね。

そうだ、武田百合子さんの『富士日記』、ずっと気になりつつ読んでいなかった。
これを機に読んでみよう、と思い立つ。

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「yom yom」って、幕の内弁当みたい。
さっきこれを読んだから…次は何を読もうかなーっ、という迷い箸状態が、楽しい。
ちょい長めの短編→軽めのエッセイ→対談、みたいな読み方ができるのが、いい。

| 本・雑誌 | 21:41 | comments(0) | trackbacks(0)
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