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ずっと無視し続けていた奥さんが、朝、「社長に言われたから、引継ぎの話を聞こうか」と、
辞意を伝えてから初めて、しぶしぶ…といった様子で話しかけてきた。
直属の上司が、編集責任者が……。
あり得ません。
で、終始ふてくされたような感じ悪い態度。
最後、冷たく、いつもの気取った感じで、
「急に決めたの?」
と聞いてきた。
心がヒヤッとする。
「最初に教えるべきことは教えてもらえないと、あとから大変なことになる。今回の事件が起きたように。聞かなければ答えないというスタイルでは困りますよ」
ほかに言いたいことは山のようにあったけど、とっさに言うと、
「でも本になったじゃない」
何だその言い方は!
「本にした」んじゃないか、わたしが!
「綱渡りですよ! 運が良かったのとがんばったのとで期日にも間に合ったけど、事故が起こってとんでもないことになった可能性はすごく高かったですよ!」
と言うと、もう聞きたくないという様子で、
「はいはい」
だって。
頭に血がのぼりました。
人が心底苦しみ、涙を流し、このせいで辞めるとまで言っているのに。
これまでずっと黙って耐えてきて、やっと最後に言っているのに、
「はいはい」と流してシャットアウトするとは!
しかも、最後に、
「必要なことを聞くというのも能力の一つだからね」
と言い放った。
ムッカー!!
冷静に考えれば自分は悪くないということを主張するための「売り言葉に買い言葉」みたいなものなのだろうだけど、相当カチンときました。
聞いたよ!
聞くと嫌そうだから、すごく遠慮したり気を遣ったりしながら、でも何とか効率的に進めるべく、果敢に質問したよ!
だけど細かい表記の統一や色々な決定事項、二人だけで決めて伝えなければ、
わかるわけないでしょう!
参考にすべき資料だって、聞いたよ?
でも、教えてもらった資料以外に、じつはたくさん参考になるものが棚にあったじゃない。
意地悪なのか何なのか、わたしには教えず、自分たちはそれを使っていたじゃない。
そういう資料をわたしがどれだけ求めていたか。どんなに役に立ったか。
校了数日前に教えられたって、遅いんですよ!
とっさのことに、うまく言い返せなくて、
「何もわからない状態では、何を聞けばいいかもわからないですよ」とだけ言ったら、
「はいはい」
って、シャットアウトして、なんともう席を立っている!
そのあとは、自分の席に戻って、お得意の、無視。
腸が煮えくり返り、涙が出そうでした。
自分は悪くない、相手が悪いというこの徹底ぶりはどうでしょうか。
そのためには論理さえ捻じ曲げる、という。
ほんとに、最後の日にこんなにも嫌な気分でさよならするなんて、あり得ないことでした。
結局わたしは何一つ評価されなかったばかりか、労をねぎらう言葉すらかけてもらえなかった。
最後だからと思ってお菓子を買っていったのだけど、顔色一つ変えず、冷ややかに「ありがと」だけ。
「ありがとう」に聞こえません。「そんなもん」と発したのと同じです。
発せられた言葉って、気持ちがこもっていないと言葉の意味通り受け取れないものなんだね。
初めて知った。
これまで3人辞めていく人を見てきたけど、社交辞令で、
「また遊びに来なさいよ!」
と言っていたと思う。わたしには、それもなかった。
本当に辛い仕打ち、辛い経験でした。
何も悪いことをしていないのに、こんなふうにお別れしなくちゃいけなかったことは、
わたしには、とてもとても悲しかったです。
銀座で友だちとランチ(ビストロヌガ)の後、川崎市制記念多摩川花火大会へ。
待ち合わせの二子新地駅は、初めて降りる駅でした。
とにかくすごい人でびっくり。
多摩川の河川敷で、持ち寄ったおつまみとビールで歓談するうち、ドーン!
始まった!!
近い! 大きい!
臨場感ありまくり。口をあんぐり開けて眺めてしまった。
花火の写真って、撮るの難しい…。
これじゃどれだけ大きくて素晴らしかったか全然伝えられないけど、
都内でこんなに大きな花火が見られる場所って、なかなかないんじゃないかな。
子どものころ見た三重・鈴鹿の花火を思い出すなぁ。このくらい大きかったような記憶が。
感動して、帰ってきてすぐに絵に描いたんだった。
少し離れた世田谷側でも同時に上がっていて、こちらをチェックするのも大変で、後ろを向いたり前を向いたり、忙しかった。
わたしたちは川崎側の花火が大きく見える場所にいたから、基本的に川崎側に集中して見たけどね。だって、やっぱり大きくて臨場感が全然違ったもの。
最後のほうは灰や紙が降ってきて、灰かぶりになってしまった。
近いがゆえの難点。
ま、この感動が得られるなら灰くらいどうってことないけど!
今年は夏らしいこと何もしていなくて、もう無理かなあと思っていたから、素晴らしい花火が見られて本当にうれしい。
花火って、仲間・友人・家族と楽しめて、春のお花見みたいだね。
日本には、季節ごとに楽しめるイベントがたくさんあるね。
ハローワークから電話がかかってくる(昨日あたりから)。
ここは絶対に入っちゃダメ! 応募者の皆さまに、教えてあげたい。
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昨日は念願の「餃子の会」開催。蒲田の「金春」へ。
焼餃子も、水餃子も、蒸餃子も、本当においしかった。
エビチリも脂っこくなくて良いお味でした。
前職の先輩たちと行ったのだ。
辞めてから、どうしてるかなぁ? とよく思っていたんだよ。
でも、本当に、全然変わらなくて、元気そうで良かった。
いやぁ、ほんっと、まんまだね! なんかホッとしたよ。
うえーん、うれしい。これが普通だ。そうだ、わたしこういう中にいた!
でも、本当は、本当はね…。
本当は、天国から地獄に行っちゃったんですわたし…。
もちろん言えなかった。理解不能だろうし、場が白けちゃう、とも思って。
でも、あんなにひどい人たちの中にいても、変わらないでいられたということを証明してもらったような感じがして、それもうれしかったな。
こんな中で、よく自分を保ったね。えらいじゃんわたし!
(いつもクレーのことを考えてた。ナチスの迫害にあいながらも自分の絵を描き続けたクレー。あと『夜と霧』。あ、これもナチスだ…。そのくらい精神的重荷、理不尽さの度合いがすごかったんだ。)
それにしても、10年間同じ場所で時間を過ごしたというのは偉大。
職場の人間関係、あの近辺のお店や仕事・労組での出来事、あんなことやこんなこと……ツーカーで分かり合える。
じつはじっくり膝をつき合わせてお話をしたことはない先輩なのに。
それなのに家族のように会話がスムーズなところが、すごい。
同窓会をもっと濃くした感じかなあ。やっぱり土壌が同じなのはいい。心がほぐれる。
すごく楽しかった。
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わたしは間違っていない。わたしの怒りや空しさ、悲しさは当然だ。
いったいなぜ? と理不尽に思うことも。何考えてんだ? 馬鹿じゃないか? 頭おかしいんじゃないか? 人間じゃないんじゃないか? と思うことも。
ついつい、言葉が悪くなる。ごめんなさい。
彼らとは、絶対にわかりあえない。
たぶんだれともわかりあう気がないのだろう。なぜだかはわからないけど、そうとしか思えない。
わたしには、いくら考えても理解不能だった。
不思議でならなくて、なぜなんだろうと考えてしまうのだけど、本当は考えるだけ無駄だと思う。
そっと離れるしか、手はないのだった。
やる気があってがんばりたい社員をがんばらせることができない、きちんと向き合って効率的に、気持ちよく仕事を進めていくことができない、かわいそうな人たち。
人を受け入れ、心を開き、交流することができない人たち。
浅はかな、人として大切なものがすっぽり欠落した人たち。
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コメントやメールをくれる優しいみんなへ。
本当にありがとう。泣きながら読んでいます。
わたしを元のわたしに、通常の世界に引き戻してくれて、ありがとう。
それがなければ頭がおかしくなっちゃってた。
共感や励ましを、心の大きな支えとして、生きています。
それだけを支えにして生きている、ともいえる。
本当に、心から、ありがとう。
わたしは2年半、一生懸命いい本を作ろうと思ってがんばってきた。
前にも書いたように、何も教えてもらえない理不尽な環境により、がんばり方がわからないというか、進むべき道がわからず苦労の連続だったけど、そんななか自分なりにがんばったと思う。
一つ聞くのも非常に困難な環境にあって、果敢に質問もしたし、何とかまっとうな仕事をしようとして色んな面でかなり努力してきた。
ツンツンした人たちの中にあって、少しでも場を和ませる努力もした。
自分で言うのもなんだけど、執筆者まで紹介したりして、かなり貢献したはず。
どれだけの時間と労力と、がんばる気持ちとを、ここの仕事に捧げただろう。睡眠・飲食の時間を削った時期もあった。
それなのに。
昨日はわたしの悪口飲み会が行われたらしい。
悲しすぎて、気持ちが真っ暗。
こんな経験は初めて。
恐ろしい言葉で彼らをなじることもできるだろう。
だけど、彼らと同じ土俵に立ってはいけない。
ここから何を学べばいいのか。難しいな。
でもとにかく、辞めるのは正解だ。そう確信させてもらっている。
今日は朝から社長と退職日を決めた。
開口一番、まずは引き継ぎ書を作れ、と。
それができればもう来なくていい、と。
そこから有休の残りを足して、うまった先が「退職日」だ、と。
驚いた。
違うでしょう。
まず「退職日」を決める→それから有休が何日あるからここまで出社、と決める。
順序が逆。
ともあれ9月末日を退職日とし、有休や夏休みを差し引いていくと、今月25日(火)まで出社、となった。
あと一週間!?
驚いてしまう。そ、それでいいのか?
「もう来るのも嫌でしょう」って、来るなと言わんばかり。
仮にも2年半、社員として働いてきた人間を、昨日の今日ではいおさらば、とはいかに。
放ったらかしでやらされた仕事の引き継ぎ書なんて、どうすりゃいいのか、これまた面食らう。
何をやるにも驚かされる職場だ。
何より驚いているのは、編集責任者である社長の奥さんが何も話しかけてこないこと。
辞めることに関して、一言も話していない。
これまで2人辞めていく人を見ているけど、2人とも話し合いの場が設けられていたけどな。
振り返って背中を見ながら考える。
引き留める価値もない。話し合う余地もない。
嫌ならバイバイ、勝手に辞めていきな。わたしはあんたなんか大嫌い。口もききたくない。
そういうことか? 背中はそう語っている? そう解釈するしかないんですが。
しかし、それは、なぜ? 身に覚えがないよ。わたしは死に物狂いでがんばってきた。
それだけ。
わたしは悲しいよ。
これはいじめ以外の何ものでもない。
あんなに一生懸命仕事して、完全無視のなか追い出されるように辞めるとは。
「辞めるって、うちの仕事はどうだった? 編集者になりたいって言ってたあの気持ちはどうなった? これからどうするの? 仕事は探してるの?」
こういうこと、聞くのが普通じゃないか?
ひどすぎて、またも思考停止。だって、何が起こっているのかわからない。
わたしはそんなにも人に嫌われたこと、これまでに、ないよ。
ここはどこ? わたしはだれ?
ここにいると、わたしは歪んでしまう。
今日はわたし以外のメンツで飲み会。
だれかが辞めるとき恒例の。
しかし、そういうこと、昨日の今日で、やるか?普通。
社長がいかにうちの会社が素晴らしいか、辞めて行く奴がどれほどレベルが低いか、
一方的に話し続ける。相手の頭にたたき込むように。
これを聞かされるのは非常に苦痛なのだ。
仕事探しは大変だけど、とりあえず脱獄は正解だったんだな。
お盆明けの月曜日。
社長から開口一番、
「11時30分から新刊の打ち合わせをしたいんだけど、いい?」
という言葉。
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休みの間、考えていた。
もう辞めようって。また同じことになる。もうここで本作りはしたくない。
今すぐ仕事を見つけるのは難しいから、「つなぎ」で初派遣に挑戦しよう。そう考えていた。
出版系の仕事を紹介している会社に登録したら、先週末、すぐに紹介があり。
しかし派遣はちょっと困るなぁ…と思ってお断りメールを書いていた。
しかし、送信する前に、たまたま弟と話をするうちに、
・とにかく辞めることが一番であること、
・無職は避けたいこと、
……となれば、これは、渡りに舟なのでは? と自分でも驚くほど心のベクトルが逆に動いた。
それに、派遣ならば、
・就職活動がしやすい、
・辞めるときも簡単そう、
という更なるメリットも見出した。
そうだ、今脱獄するにはこれしかない! 一番の目的は脱獄なのだっ!
派遣で働きながら仕事を探そう! そうだそうしよう!!
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辞めようと思っていながら、新企画の打ち合わせをするのは非常に辛い。
打ち合わせ後、勇気を出して申し出た。
「非常に残念だけど」
という言葉は出たけれど、随分あっさりと、
「わかりました」
という言葉も出た。普通もう少し引き留めないか?
わたしのがんばりも、人物に対する評価も何もないのだ。
まあそうだろうと思ったけどね。
でも、何という前職との違いよ……。
結局わたしは一体どう思われていたのかわからない。使い捨てってことなんだろな。
しかも直接の上司(も何もあったもんじゃないが…)である社長の奥さん(編集責任者)は、社長との話し合い(たった5分だけど)が聞こえているはずなのに、何も言ってこなかった。一言も。
そういう冷たい人ですよ。
知ってるけど、やっぱり異常。
いや〜〜、ひどいもんだ。
知っていることのすべてを言わない。
思っていることのすべてを言わない。
半分ほど言えば十分。
お互いがすべてを言い合えばわかりあえるわけではないもの。
わかりあうって、何だろう。
□堀内誠一展(世田谷文学館)
この人の絵が、大好き!
「たろうのおでかけ」「ぐるんぱのようちえん」…!
「ロボット・カミイ」もこの人の絵だったんだなぁ…。
でも、だけじゃないみたい。雑誌のアート・ディレクターもやってた人なんだって。
さすが、絵がおしゃれなはずだ。
世田谷文学館は、「暮しの手帖展」観に行ったなあ。そのときのことは、ここで書いてる。
□アロイーズ展 (ワタリウム美術館)
精神を病んだ人の絵。
すごく気になるんだなぁ。
久々にこのあたりを歩き回りたいしさ。
ついでに香咲(カサ)でホットケーキも食べたいしさ。
□『南極料理人』
この間、予告編を観た。
フードスタイリスト・飯島奈美さんのお料理が見物らしい。
昨日の朝日新聞夕刊に出てたよ。堺雅人さんの手が大きいので、すごく大きいおにぎりになったとか、ラーメンを何度も作ったとか。
飯島奈美さんのことは、以前ここでちょっと書いた。
『LIFE』はやっぱりすごく評判になってるみたいね。いい本だものね〜
『yom yom』最新号でも、伊藤まさこさんがこの本のこと書いていたよ。
□『プール』
『かもめ食堂』『めがね』のメンバー・スタッフ再び!
いいなー、プール。泳ぎたいなー
□『女の子ものがたり』
これも予告編観た。
正直ピンとはこなかったけど、「女の子」ってところには、南極料理人より惹かれる(なんか子どものころの本の選び方と変わってないな……)。
西原理恵子原作、深津絵里主演、ってところにも惹かれる。
いくつ行けるかしらん。
どうしてこんなにも真面目に、こんなにも一生懸命に生きているのに、こんなにひどい人生になってしまったんだろうなぁ…(いきなりすみません)。
それは、わたしが欲張りだから、なのです。
その徴候は、18歳くらいからあったものね・・・(人生に影響を及ぼすような大きな出来事としては)。
欲張りをやめたら幸せになれる。なれていた。
一つしか選べないなんてこと、子どもでもわかってること。
それがわからないとは、どれだけオツムが弱いのか。
一つを選んだら、もう他を選ぶことはできない。それが人生。
今更遅いけど、もう欲張りはやめろ。やめるんだよ。
だってこんなこと書くの、嫌だもの。
楽しいこと書きたいもの。