またyom yom3号ネタですが(↓って、この記事長いからずうーーっと下)。
いしいしんじさんの「遠い足の話」、今回はなんと大阪友の会幼児生活団のお話でした。
いしいしんじさんは生活団に通っていたのかー。
あ、友の会幼児生活団ってのは、羽仁もと子さんのつくった自由学園(このブログの右下にリンクはってます)の、幼稚園にあたるもの。自由学園幼児生活団は東京の東久留米市にあって、全国12カ所にその地方版がある。
うちの場合、弟が四日市友の会幼児生活団に通っていたから、わたしは普通の幼稚園だったんだけど、そこでやることは身近で見聞きしてよく知っている。
のちに母は生活団の先生もつとめたし。
だから、半分以上自分も通っているみたいな感じで育った。
いしいさんの文章を読んでいると、ああ同じだ!の連続。
4歳組、5歳組、6歳組にわかれていて、週に1度、特定の曜日に集合日があること、5歳組、6歳組は集合日以外に音楽の日「ソルフェージュの日」があること。
そう、週に1度しか通わない。それ以外の日は石井さんの書いているとおり、「家で過ごすときつまり『生活』こそ生活団で知ったことを実践する現場になる」のだ。
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一人ひとりに「おしるし」が決められること(「チューリップ」とか「かさ」とか。弟は「きりん」だった)、6歳組では伝書鳩を飼って飛ばすこと。
「冷水まさつ」に「やぶれバケツ」に「ぱっと起き」に「はげみ表」……。
ハイドンの『おもちゃのシンフォニー』を演奏するのも一緒だ。弟の代の演奏は、録音したテープを何度も聴いた。今もすぐに思い出せる6歳の子たちの合奏。ばらばらなようで不思議な調和をなした、愛おしく、これ以上なく真剣そのもの、の演奏。
石井さんは「この世に、こんなに美しいものがあるかと思った。この世のはじまりに奏でられる音楽のようだった」と書いている。
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生活団には「連絡帳」という、週に1度の生活団の日、生活団の先生たちによって書かれ母親に渡されるその日の記録、つまり通信ノートがある。
いしいさんはご自身の連絡帳を読むうち、こう思ったそうだ。
「自分の書いた小説のモチーフや素材が次々と、生のまま頻出するのに驚きっぱなしで、これでは実際、生活団のときのいしいくんに食わせてもらってるのと同じである」。
ああ、あのいしいしんじワールドは「生活団」が基盤になっているとは。驚いた。でも納得…でもある。
そして最後はこう結ぶ。
「『生活』とは、凝り固まったものではなく、自由な広がりをもつ美しいものであることを、私たちは4歳組の初日から、本当は知らされていたのである」。
そうだ。そういうことだ。
いしいさんありがとう。心の底から納得。なぜか心が震えて、目頭が熱くなる。