文月遊亀 memo*

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11月12日(月)『情熱のピアニズム』

ある日、「夫は太っていて手足が短く、体に合う既製服がない」
と、ぼやく人あり。
「自分は既製服で合うサイズがあり、色々選べる」と言う彼女からは、
既製服が体に合わないことが劣っていて、
合うことが優れているといった意識が見え隠れするのだった。

そうだこの世はいつも多数派が強い。
でも多数派に合わせた既製服が、すべての人の体に合うわけはない。それは優劣の問題ではない。
少数派だから「劣る」わけではないのだ。
当たり前だけど、勘違いしがち。多い=優れている、になりがち。

先週、『情熱のピアニズム』という映画を観た。
ミシェル・ペトルチアーニさんというジャズピアニストの、36歳の生涯を描いたもの。
ペトさんは骨形成不全症という先天的な障害のため、身長は1mしかなく、演奏中に骨が折れるということもあったそうだ。

「僕は普通の人にはなれない。
特別な人になりたいんだ。

僕はどんな人とも違う、違っていいんだ
同じであるはずなんかない。
僕には僕の感じ方があり、僕だけの表現がある。
人との違いは不自由なことなんかじゃない。
ただの個性なんだ。
何の不満がある?
僕は愉しんでる。
十分に人生を愉しんでいるんだよ。」

一体「普通」って何だろうかと改めて。
健常者と障害者(という言い方も嫌だが)の違いは、「優劣」ではなくて、「違っている」というだけのこと。
健常者が多数派の世界では、障害を持つ人は時に不便だというだけのこと。
いや、「だけ」などと簡単には言えないことはわかっている。
だけど多数派(健常者)側のそういう意識はすごく大事だと、これまた改めて。

映画は驚きの連続だった。
小さいときから人並みはずれたジャズピアノの才能を発揮して周囲を驚かせたり、
ジャズのメッカNYに移住し7ヶ月で英語をマスターしたり(ペトさんはフランス人)、
女性が大好きで次々と恋をしたり。

ペトさんはユーモアがあって社交的で、いつも皆でわいわいと楽しくしているのが好きで、という魅力的な人で。
超一流のジャズピアニストで。もちろん耳もすごく良くて。
(でも、演奏シーンより証言のほうが多い映画だったので、今度はぜひ演奏にじーーっくり耳を傾けてみたい。)

彼を評して「150%で生きた」という証言があったけど、それどころじゃない、と思った。200%か、それ以上で生き抜いた人。
ただただ、すごい人だと思った。
唯一無二の、特別な人だと思った。

| 映画 | 20:47 | comments(0) | trackbacks(0)
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