文月遊亀 memo*

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8月30日(木)原爆と原発
この夏、原爆に関する作品を2つ、読みました。

■原 民喜『夏の花』     ■井伏鱒二『黒い雨』
  

どちらも有名だけど、恥ずかしながら未読でした。

楽しい本を読むこともできる中でこの本を手に取り、
原爆投下後の世界に入っていくのは気が滅入ることで、
読みながら涙が出て、本当に辛いことだった。

両者に共通するのは、投下直後の主人公たちの、これは、いくらなんでも、
起こってはならないことが起こったのではないかという思い。
顔が2倍に膨れ上がった人、火傷で皮膚がずるむけになった人…
見たこともないような死体や重症者たち。
破壊力のすさまじさに言葉もなく、確かな情報がない中、惑いながら必死に歩き回る。

そして、赤むけの膨れ上がった屍体がところどころに配置されていた。これは精密巧緻な方法で実現された新地獄に違いなく、ここではすべて人間的なものは抹殺され、たとえば屍体の表情にしたところで、何か模型的な機械的なものに置換えられているのであった。苦悶の一瞬足掻いて硬直したらしい肢体は一種の妖しいリズムを含んでいる。だが、さっと転覆してしまったらしい電車や、巨大な胴を投出して転倒している馬を見ると、どうも、超現実派の画の世界ではないかと思えるのである。(『夏の花』)

蒙古高句麗(ムクリコクリ)の雲とはよく云い得たものだ。さながら地獄から来た死者ではないか。今までのこの宇宙のなかに、こんな怪しげなものを湧き出させる権利を誰が持っているのだろうか。(『黒い雨』)

何もわからない投下直後でも、通常とは違う爆弾であろうことに人々は気づいている。
そのことが赤字部分から読み取れる。

一体、放射能の発明とは何だったのだろう。
核を原子力という言葉に言い換え、「原子力の平和利用」とうたわれた原発も、
平和でも安全でもなかった。全部嘘だった。

しかも原発を推進するため、被爆地・広島もその戦略の一環として組み込まれたということをこの本で知りました。

■原発とヒロシマ(岩波ブックレット)



(被爆者は、)自分を苦しめた放射能が平和のために転用されると考えることで気持ちを落ち着けた面があったし、核を平和利用に押し込めることによって軍事利用への道を閉ざせるという考えもあったと思う。

被爆した無辜の民の、平和を願う切なる気持ちを利用したという事実。何とあざとい。
全然知らなかった。衝撃でした。

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先日の新聞で、こんな投書を読みました。27歳の女性。
「原爆をテーマにした絵本を読み、東日本大震災のときの情景が蘇った。しかも原爆には放射性物質が含まれていたという。自分は戦争について知識が乏しいことに気付かされた。」

知っていることは生きている間に起きた東日本大震災のことで、
原爆のことは何も知らない。核爆弾であることすら知らないのだなぁと驚いた。

これからこういう人がどんどん増える。
広島では、戦後67年たち、原爆体験をいかに語り継ぐかということが課題になっているそうです。

戦争を語り継ぐということ。
皆で共有し、記憶するということ。
このことについて、次の記事で考えてみたいと思います。
| 原発 | 21:27 | comments(0) | trackbacks(0)
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