文月遊亀 memo*

日々のこと、音楽や本のこと、心の赴くままに書いています。
簡単な自己紹介はプロフィールにて。

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9月6日(土)驚かされた佐々木マキさんのこと
佐々木マキさん。お名前から、てっきり女性だと思っていました。
村上春樹さんのイラストでお馴染み。丸っこいかわいらしいイラスト。
 
ところが、男性でした。そのことを知ったのが2011年。
『ガロ』に掲載されていた漫画をまとめた書籍(『うみべのまち 佐々木マキのマンガ1967-81』)が出版されて、新聞のレビューで知った。
 
男性?! ガロ?! そそそそういう方だったのか…! もう驚いちゃって。
だってファンシーな感じの女性をイメージしてたから。
 
そして先日、『ノー・シューズ』という自伝的エッセイが出版されたということで、
(またも新聞で)お写真を拝見。おおお。この方が…。これまた驚き。
 
というように、ここ数年気になっていた(驚かされ続けた)佐々木マキさん。
図書館で『アナーキーなナンセンス詩人』という本を借りてみた。
マキさんの作品がすべて網羅されていて、そのお仕事が一望できる。
 
へえ〜、へえ〜、と感嘆しつつ、噂のガロ掲載マンガを読み、そのナンセンスっぷりに驚き、「絵本の章」へ。
ある絵本の見開きに、お!と目が釘付けになった。
こ…これは!!
幼稚園にあった、大好きだった絵本!!ではないかしら?? 
記憶の片隅に残っているのだ。油揚げやトンカツが山のように積み重なっている図が。うわーー、おいしそう〜、って思っていたことが。そう!間違いない、これだ! と確信を得る。
そのころ佐々木マキさんとすでに出会っていたなんて…驚き。あの村上春樹の挿絵の人が、この絵本の絵を描いてる人だったなんて。
何とも言えない不思議な気分。
 
「すてきなバスケット」という絵本です。

今は絶版かあ。

 
マキさんにはお話も絵も手掛けられた絵本がたくさんありますが、この作品では挿絵画家としてお仕事されています。
懐かしいな〜。読んでみたい! 今度図書館で借りようっと。
| 本・雑誌 | 21:40 | comments(0) | trackbacks(0)
10月28日(日)ベニシアさんの本

京都・大原在住のイギリス人、ベニシアさんをご存じですか?
わたしはNHK『猫のしっぽ カエルの手』で知りました。
あたたかなお人柄。自然と触れ合い手作りを大切にした暮らしぶり。
見ているだけでこちらまで優しい気持ちになってしまいます。

本も出ているんですね。知らなかった。
2冊、読んでみました。

ベニシアさんは、なんとイギリスの貴族の出身。
20歳でインドへ(多くの西洋人の意識が東洋に向いた時代)、そして日本へ。
貴族制度に疑問を持ち、60年代カルチャーの中で青春時代を過ごし、物質よりも心の豊かさを大事にする生き方を志向−−それでハーブなど自然の恵みや、手づくりを大切にした生活を営まれるようになったのですね。本を読んで知りました。

■『ベニシアの京都里山暮らし―大原に安住の地を求めて』

ハーブの効用・歴史、愛について、食べ物のこと、自然のこと…やわらかい文章の中に、思いがたくさん詰まっている。
ハーブ利用法については即生活に取り入れられそう。不眠対策のくだりとか。

ベニシアさんは、思い立ったらすぐに実行に移す方。
ビスフェノールAを含むプラスチック容器から、この化学物質が食物や水に染み出すことを知ると、家の食器はもちろん、冷蔵庫に入っていたプラスチック容器に入れていた食品はガラスやホウロウ容器に入れ替えます。

「ビスフェノールAの安全性、危険性について未だよく分かっていないところが多いようですが、先にも書いたようにアメリカ厚生省は『人間の健康への悪影響が否定できない』と結論付けています。『ビスフェノールAは大丈夫だ、安全だといわれて信用していたのに、後でそれが否決された……』というような事態になっても、悲しむことのないように。私は今自分でやれると判断したことは、行動に移すことにしています。」

これを読み、ああベニシアさん、原発についてどうお考えでしょうか!と思ってしまった。

■『ベニシアの京都 里山日記―大原で出逢った宝物たち』


最終章のクリスマスシーズンのお話が楽しかったなぁ。
「宗教を超えた地球のお祭り」と「クリスマス・フルーツケーキの話」がとてもよかった。キリスト教が普及する以前、ヨーロッパにはたくさんの宗教があったようなのです。

「キリストの祖先やユダの祖先を辿ればアブラハムだと聖書に書かれています。マホメットの祖先もアブラハムだとコーランに記されています。つまり、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教のルーツは同じところからきています。偉大な精神的指導者は、真理と愛と平和を私たちに伝えてくれました。しかし、後に教えを引き継いだ人々は、その教えを宗教という形に作りあげていきました。教えが宗教になってしまうことが、キリストの望みであったかどうかは疑問です。クリスマスの起源を調べていくうちに、クリスマスはキリスト教という宗教を超えて、地球に住む人類全体のお祭りではないかと、私は思うようになりました。」

地球に住む人類全体のお祭りと考えれば、
わたしたちが日本でクリスマスを祝うのもおかしなことではないということになるね。
真理を愛と平和。それは誰にとっても大事なことで。
クリスマスという素敵な祭典を、もっと楽しみたいなあ、と思ったりしたことです。

| 本・雑誌 | 11:44 | comments(0) | trackbacks(0)
10月26日(金)わたしの図書館遍歴

図書館が好きです。幼少のころから。
働きながら司書の資格も取った。
残念ながらまったく生かせていないけれど。

社会人になって、勤め先から歩いて5分のところに図書館があって、
昼休みにしょっちゅう行っていた。
以来、職場が変わったとき、まずチェックするのは図書館。職場の近くに図書館があるとうれしい。

港区立図書館に始まり、
品川区立図書館→新宿区立図書館→千代田区立図書館
→中央区立図書館→(再び)千代田区立図書館
というのがわたしの図書館遍歴(この6年間は不安定な職を転々とせざるを得ない状況で、
振り返るだに苦労がしのばれて痛々しいけれども…)。

区ごとに特徴があったりするのよね。新宿区はロック系CDが充実してたなぁ。

今は千代田区在勤なので千代田区立図書館を利用するのだけど、
どの図書館を利用するにしても、アクセスがあまりよくない。

そんな折、ふと気づいたのだ。

通勤経路の便利な場所に図書館があるということに!
港区を通って通勤しているということに!!
千代田区の図書館よりアクセスがよいということに!!!

というわけで、早速行ってみました。通勤経路にある港区立の図書館。
駅を出て1分! 便利!
また、ネットで検索してみると読みたい本がすぐ見つかり、
蔵書数も充実していそうでほっくほくです。

これ借りてみた。野中柊『フランクザッパ・ストリート』。

続編の『フランクザッパ・ア・ラ・モード』を持っていて大好きで、
でも第1弾は読んでいなかった。
人間や動物やおかしな登場人物がおかしな毎日を繰り広げます。
おいしそうな食べ物がた〜っくさん出てくるよ(そこがわたし好み)。

| 本・雑誌 | 21:35 | comments(0) | trackbacks(0)
10月13日(土)村上春樹さんのこと

山中伸弥教授の「ノーベル医学・生理学賞」受賞に続き、
10月11日の夜、「ノーベル文学賞」受賞者が発表されましたね。
中国の莫言氏、でした。

有力候補とされていた村上春樹さんは受賞を逃しました。

ファンとしては複雑な気持ちもあったので、非常に残念!って感じではなかったです。

作品の価値が認められるという意味ではもちろん嬉しいけれど、
大騒ぎになって(『ノルウェイの森』の時のような)上っ面の理解本が出回ったり、
にわかファンが出現したりするのか…と思うとちょっとね。不快。


さらに、両親も読んだりするんだろなーと思うとますますもってゲンナリ、というか。

なぜなら、村上春樹はロックスターだから。
自分がロックバンドをやっていたとして、ライブに両親は呼べない、のと似てる。クラシックなら呼べるけど、っていう。
自分たちにしかわからない世界に親は入ってきてほしくないというようなティーンエイジャーなハートを未だに持ち続けているわたしであります。あはは。


あ、いやうちの両親はビートルズ世代であり春樹氏と同世代なのだけど、
60年代的カルチャーを通過してきておらず(なぜか)、
学生運動にもほとんど興味なしな人たち(なぜか)なので、志向性が全然違うというか。

むしろ子ども世代のわたしが影響うけまくりというのは面白い。


それにうちの両親が村上春樹的世界−−正常でない想像の世界、少し病んだ部分もあるような世界−−に入り込めるとはとても思えない。

春樹さんがロックスターだというのは、最近文庫化されたこの本を読んで確信した。
■『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集1997- 2011』(文春文庫、2012年)


国内外におけるインタビュー集です。すっごく面白い! 
1997- 2011というのは自分が社会人になってからとほぼかぶるので、その時々の状況と照らし合わせつつ読みました。
以下、ブクログで書いた感想です。


村上さんは、読書体験を積み重ね(インプット)、29歳で初めて小説を書いた。

「僕はこれまでに自分が読んできたヨーロッパやアメリカの作家の作品から、あらゆるものを片端からかき集めるようにして借用したわけです。文体や、ストラクチャーや、とにかく何もかもをごたまぜに。その結果、僕は自分自身の日本語の、オリジナルなスタイルを獲得することができた。(p.214)」
というのを読んで、文学版フリッパーズギターみたい!と思ってしまった。

村上春樹はロックスターなのだ、だから自分は惹かれるのだなと思った。


20年来、わたしは村上春樹の熱心な読者です。
内容はもちろん、登場する料理やら音楽やら、
そういうものから受けた影響も大。
ドアーズ、ビーチボーイズ、ビートルズ、ビル・エヴァンス、スタン・ゲッツ、ブラームスやベートーベン…思い返せば、随分と追いかけて聴いてきた。
今のわたしの音楽的趣味の基盤を作ったといえるほど。


だからこのインタビューはすごく興味深かった。
どんな小説を読んできたか、どんなふうにして小説を書いているのか、小説で何を表現したいのか、長編小説と短編小説を書くときの違い、これまでの小説はどこで書いたのか、日本について、日本の小説についてどう考えているか…そういうことがよくわかって、とても面白い。

話される言葉も小説の文体のようにリズムがよく、ぐいぐい読んでしまった。


ご自身のエッセイや安西水丸さんの村上さん評、あるいは「エルサレム賞」受賞時のスピーチなどから、その人となりについての基本的な知識やイメージは持っていて、この本を読んで意外に思うようなところはまったくなかったけど、何しろもこんなにまとまったインタビュー集は初めて。
もれ聞えてくる情報とはボリュームが違う! お腹いっぱい。楽しめました。


村上春樹さんは人として実にまっとうな方であり、ストイックで健康的な生活を送り、混沌とした世の中にあっても良い物語で世界が変わると信じ、常に前に進もうとしておられることがよくわかった。

また小説を読み返したい。

| 本・雑誌 | 13:53 | comments(0) | trackbacks(0)
7月15日(日)生きるということを考えさせられた2冊

またまたお久しぶりです。
思ったり考えたりすることは山ほどあるのだけど書くのが追いつかない。

最近読んでよかった本から思ったことを。

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元「叫ぶ詩人の会」のドリアン助川さん、今は本名で執筆活動などなさっている明川哲也さん。
新聞での悩み相談コーナーの回答がいつも素晴らしい。数年来のファンです。

先日なやむ前のどんぶり君−世界は最初から君に与えられている』(ちくまプリマー新書)を読みました。
自分はなぜ生まれてきて、いかに生きればよいのか…この哲学的大命題に、明川さんは明快な答えを出されています。
一言でいえば、わたしたちは宇宙との関係を味わうために生まれてきた。
宇宙に心あるものが生まれなければ、宇宙がここにあるということを誰も証明できず、この全世界はこつ然と消えてしまうというのです。
だから、わたしたちは最初から祝福されているのだと。宇宙から望まれて誕生するのだと。

たとえば難病で生まれてから死ぬまでベッドで寝るだけの人生を送る人がいるとする。
でもこの人には存在するだけの価値がある。宇宙はこの人が誕生することを望んだ。彼はベッドから空を眺め、飛ぶ鳥を眺める。それで宇宙は存在を確認されるから。

ああそうか、と思いました。
素晴らしい考え方だなぁ…
と感じ入っていたところ、『しまがっこ溶けた 詩人 桜井哲夫との歳月』(金正美著)(※)という本を読んだ。

桜井哲夫さんは、らい病(ハンセン病)で17歳から60年間療養所に隔離され、病で手の指を奪われ、目も見えません。
でもその生き方の素晴らしいこと。たとえば。
「(略)こんなに不自由でかわいそうだってよく言われるんだけど、全然不自由だと思ったことないの。そりゃ実際は、介護してもらわなきゃ自分でご飯だって食べられないんだから、一人で生きていきなさいって言われても、それは無理な話なんだけど。でも気持ちの上では、まったく不自由ではないってこと。だってね、確かに眼と鼻はないけど、耳と口があるでしょう。耳と口さえあれば、あなたたちの話を聞くことができるし、こうして自分の気持ちを伝えられるでしょう。それで十分なの。何も不自由なことはないの」

「私たちはこのように隔離されました。それは確かにそうなの。それは法律で決められちゃったことだから、どうにもならないわけね。でも体は隔離されているけど、心まで隔離される必要はないわけ。それじゃ、ちょっとつらすぎるでしょう。じゃこの中でどうやって生きるか、ということになるんだけど、まずはここを国立療養所だと思わないの。私はここを国立大学だと思うことにしたの。勉強したければ、好きな本を注文して、朝から晩までずっと勉強するの。これだけ時間があるんだから、真剣に取り組めばかなりの知識をものにできると思うよ。三食ちゃんとご飯を食べさせてもらって、医者が健康の管理をしてくれて、看護婦さんもいるの。そう考えると、ここの生活も捨てたもんじゃないよ」

こんなふうに主体的に生きる。
見えない目で美しい花を見る。風を感じる。
そして、詩を作る。指がないため詩を作るときは頭の中で完結する。
命を削って言葉を紡ぎだす。

さらに、年金や詩集の売り上げを貯金してタイのハンセン病コロニーに寄付する。

まさに明川さんの説く、
「(生きるとは)この世との関係を味わい尽くすことである。そして可能なら、その中で表現をすることである」
という、まったくその通りの生き方ではないですか!
しかも桜井さんはユーモアがあり、とてもチャーミングな方。
見事です。なんという人間らしい生き方かと嘆息します。日本人の、いや人類の誇りだと思う。

翻ってわが身を省み、学び続けよう、そして何らかの形で表現していこう、と思うわたしです。

※在日韓国人である金正美さんが桜井哲夫さんとの8年間の交流を描いたもの。19歳〜27歳の金さんと70歳〜78歳の“哲ちゃん”との心の交流が、とても素直な言葉で綴られています。

| 本・雑誌 | 14:07 | comments(0) | trackbacks(0)
11月10日(木)『ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生より』

日本人って意見をあまり言わないし、対話を避けようとするところがあるなぁ…と、ここ数年とみに感じていて。そもそも意見を言うこと自体疎まれる傾向があるなぁと。
で、「意見を言い合う=喧嘩」
となりがちなのはなんでかなぁ?って、わたしは対話したいだけなのになぁって思っていた。

そんなわたしにフィットしたのがこの本。

ニッポンには対話がない―学びとコミュニケーションの再生より』(平田オリザさんと北川達夫さんの対談集)
やー、目から鱗でしたよ。名言の嵐。

まず、意見を言うということは必ずリスクが伴うって指摘。当たり前なのだけど…認識不足だったかもしれない。
このブログもそうですね。いろんな立場でいろんな意見があるのは当然なので、1つの意見を言うことは本来、非常に難しいことなのですよね。
まずはそのことをしっかり認識すべしと自らを戒める。

そして、「価値観の押し付け」ということについても、もっと敏感でありたいなと思った。
日本の国語教育は一つの方向に導いていくような教え方をする、そのほうが楽だから、と語られている箇所があって。
自分自身そういう授業を受けたし、教育実習で教えたときもそうだったなと思った。
でもそれは価値観の押し付けになってしまうとの指摘に、ハッとした。

フィンランドでは「心とか考えというものは全員違うのがあたりまえ」と思っているから、こう感じなければならないんだという指導はむしろ罪に近いとのこと。
ひゃー、日本の教育は罪だらけだよ。教師はみんな罪人(笑)。
あ、北川達夫さんはフィンランド教材作家さんです。

平田:「読書をすれば心が豊かになります、だから読書をしましょう」ということもふつうに言われていますが、「他人の心が豊かであるかどうか」の判断がなぜあなたにできるのか、そんなことはあなたが決めることではない、それは子どもといえども個人の内面に踏み込むことだという感覚が、大人たち側にあまりにもないんじゃないかと思うんです。(p.10)

いやいや、こういうこと、言っちゃいがちですよね、好きですよね、日本の学校って。
教師じゃないけどわたしも言いがちだなと反省。
でもほんと、おっしゃるとおりですよ。他人の心が豊かかどうかなんて、わかるはずがない。

と、いきなり教育の話になりましたが、
それが対話とどうつながってくるかというと、そういう教育を受けた人間は自分の頭で考えて意見を述べたり、人の意見を聞いて自分の意見を柔軟に変えたり新しい価値観を生み出していくというようなことが苦手になっちゃうんじゃないかなと思ったわけです。
考えることを放棄したり、一方向にしか考えられなくなるんじゃないかな、と。
自分も含めて、ですよ。

間違いなく日本は強力な同調主義の国だと思います。
人と違っていることを恐れる。みんな一緒でなくてはならない。
そうなっちゃったのは、島国で、鎖国してた時期が長かったり、その他いろいろ、本当にいろいろな要因があるだろうし、「以心伝心」てのはとても優しいコミュニケーションで、良いところもあると思う。
でも、これがこの本の主題なわけだけど、これだけ多種多様な考え、国籍の人たちが一緒に住むようになると、このままではダメだと。わたしもそう思う。
現にここ数年、わたし自身が困難な場面に直面してもいる。

「対話」ではなく「喧嘩」になるっていうのは、三谷幸喜監督の『12人の優しい日本人』がまさに日本人のその性質をとらえた作品だったな。
子どものような喧嘩で…これ大好きな映画ですけど。

話がそれました。
ではどうしたら対話になるのか…
それが語られてる部分を引用しておしまい、にします。

対立を恐れないこと、変わることを恐れないこと。対話にはこの姿勢が必要。

ただ、問題は、自分ひとりが心がけても相手もそのような気持ちでなければ「対話」にはならないってことだよなぁ…
やっぱり「教育」が大事だと思います。

北川:相手の見解があって自分の見解がある、それが対立する、対立するとお互いが変わってくる。まさに、その変わってくるところを楽しめるか、そこを重視できるかですよね。回避をせずに、対立を恐れないでぶつかって、そのうえでお互いにどう変われるか、そのプロセスを理解することが対話では重要になってきます。回避してしまえば、その場の摩擦を避けることはできても、お互いすれ違いですから、本質的な問題は何も解決しません。

平田:お互いが変わっていくことを前提にして話し合いをはじめられるかどうかが大きいですよね。どちらかが勝つか負けるかではなくて。でも、どうしても勝ち負けになってしまいがちなんですよね、日本の場合は。両方が変わるということをなかなか前提にできない。

北川:勝ち負けになるか、どちらも引いてしまって、互いに不満なところで妥協点を見つけてしまうか。
ただし、妥協というのを否定的にとらえると、これまた対話はできなくなってしまいます。ここで議論やディベートと混同してはいけません。議論やディベートは相手を説得することが目的だから、妥協というのは、お互いに説得に失敗したということで否定的にとらえざるをえない。
しかし、対話というのは、価値観を意図的に衝突させ、それによってお互いに変わっていく作業なのですから、ある意味で前向きに妥協点を探す作業ともいえるんですね。
多文化共生というのは、相手を圧倒するとか、相手に圧倒されることを前提とするのではありません。いっしょに生きていくことを探っていくことなんですから、お互いにとってどうするのがハッピーだろうということになる。価値観が違うのならば、お互いの価値観をすり合わせて、ハッピーな妥協点を見つけていく。そのためには、お互いに変わっていくしかないんですよね。
(pp.167-168)

| 本・雑誌 | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0)
11月2日(水)神田古本まつり

神田古本まつり開催中ですよ。
明日までですよ。

古本屋街はちょうちんが飾られて「まつり」の雰囲気。
普段より値引きされたたくさんの本が店の表に並べられて、
歩けば色んな本が目に飛び込んでくる。楽しい。

老若男女(でもオジサマが7割)が古本を物色する様は例年通り。

でも、本の世界は変わりつつある。
書籍が電子化されていくと、以前よりも、形のある「モノ」としての魅力が増していくような気がする。

持ったときの重み、布の表紙の肌触り、指でページを繰る感覚、印刷の匂い。
それらが貴重がられるようになっていくような。
中身の情報は電子でいいやってなっていくような。

古本は、新刊よりも、なおそうした要素が増えるよね。
シミとか黄ばみとか。誰かが読んだ息遣いも。

そんなことを考えながらそぞろ歩く。





| 本・雑誌 | 23:32 | comments(0) | trackbacks(0)
1月24日(月)『本は、これから』

■『本は、これから』池澤夏樹編(岩波新書)
昨年11月発行。岩波新書を買うのは珍しい。
興味あるテーマだし、編者が池澤夏樹さんだし、これは読まねばと思い。

「本は、これから」というお題で、本の書き手、読み手、売り手などなど、本にまつわるさまざまな仕事をしている人たち37人によるエッセイがずらり。大変読み応えがありました。

似たような意見もあり、全然違う視点で書かれたものもあり。
去年は「電子書籍元年」。当然ながら大半の人が「電子書籍」について触れていた。
もちろんそれぞれが希望や観測や意見を書いているのだけど、全体として、「これからどうなるのだろう」「わからない」という不安感のようなものは通底していたように思う。

何より印象的だったのは、「本とは何か」を改めて考える人がたくさんおられたこと。
あまりにも当たり前に、日常的に接してきた「本」について、改めて、しかも一様に問い直すというのは、まさに時代の変換期を感じさせる。「新書」という本の形でというのも、今だからこそといえるかもしれない。
同時代に生きているんだなぁ、と感慨深くもあり、混乱期という感じで面白くもあり。

500年前のグーテンベルク革命のこと、本の始まりは聖書からということ。
この2点に触れる方も多数。

ただ、意見が分かれていたのは「本は紙だからこそ尊い」という意見と、「コンテンツが大事なのであり箱(媒体)は何でもよい」という意見。
前者の意見には、「(デジタル化は)人間を変容させる力をもっている」(外岡秀俊氏)、「本の魅力は、簡単に言うと、紙なのである」(出久根達郎氏)など。
後者の意見には、「書き手とはコンテンツ生産者だ。コンテンツ生産業は、媒体がどうなっても残る。わたしは書物を愛しているが、書物よりもコンテンツのほうがもっと大事だ」(上野千鶴子氏)、「生まれたときから電子書籍に囲まれればそこに新たな手触りが育つ」(四釜裕子氏)など。
どちらの意見もわかる。だからすごく混乱する。

何より、まだ電子書籍での読書体験がないのではっきりしたことが言えない。

ただ、爆笑問題の太田光氏がテレビで言ってた、「小説なんて電子媒体で読めるわけないと思っていたけど、読んでみたら案外いける」という言葉を思い出すと、後者の意見に偏り気味になる。
ただし、太田氏いわく、「自分がどこを読んでいるか、残り少なくなるページの厚みを把握できないことが紙の本と大きく異なる」とのこと。

この意見は本書にもあった。
確かにこの点は大きいだろうな。いわれてみればわたしも、いつも「あとどのくらい残っているか」を常にチェックしながら読んでいる。

近い将来、わたしも日常的に電子書籍を使うときが来るのかな。来るんだろうな。
電子書籍を作る仕事をする日も来るかもしれない。

人にとって本とは何であるか。今、それを改めて考える機会が与えられているんだなぁと思った。
本は、これから。
わたしは、どんな形になっても本と友だちでいよう。

| 本・雑誌 | 23:58 | comments(2) | trackbacks(0)
12月20日(月)「ベルク」のこと

結局2月号は「ベルク」本を2冊紹介しました。
年末は忙しくなるので、いつもよりだいぶ早く書きました。

 
■『新宿駅最後の小さなお店ベルク 個人店が生き残るには?』(井野朋也著、ブルース・インターアクションズ)08年7月発行

■『食の職 小さなお店ベルクの発想』(迫川尚子著、ブルース・インターアクションズ)10年8月発行

どちらもとても興味深く、面白かったです。
井野さんは店長、迫川さんは副店長、お二人は別姓ですが実質上ご夫婦であられます。

井野さんはビートルズがお好きだそうで、お店をバンドに例え、インディペンデントで面白いことを仲間とともにやりたいという気持ちが根っこにあったと書かれていますが、ソイポケを始めたときの気持ちと同じだなぁと思いました。
しかしビートルズにジョージ・マーティンというプロデューサーがついていたように、信用のおけるコンサルタントについてもらっている点がさすが「仕事」です。

迫川さんには、舌で色や形が見えるという特技があるそうです。
あるとき、ビールの味が変わった。卵型で、気持ちのいい風がそよそよと吹いていたのが、先のとがったいびつな形になった…と。
迫川さんは業者さんに、これを絵で表現して説明したといいます。卵形と、尖った変な形と。
本にもこの絵がおさめられていますが、味をこんなふうに表すなんて、すごく面白いと思う!
化学調味料バリバリな食べ物の味は「かたい」と表現していました。

ふと思う。それって音楽に似ているぞ。
コーラスの声を「かたい」と表現する人がいて、面白いなと感じたのだった。
うーむ。舌で感じるもの、耳で感じるもの…通じているのだな。

迫川さんいわく、赤ちゃんのうちは五感って分けられていないんだそうです。
だから大人だって、耳で見たり、舌で見たりすることができるんだって。すごく興味深い。

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お二人の基本コンセプトは自分たちが食べたいものをお客さんに提供するということ。自分たちの見解と信念をもった「味」で勝負している。
腕のいい職人さんを見つけて口説き、その食材を最大限に生かす調理法で(コーヒーなら最適なマシンを使って)お出しする。
そしてそれがこんなにも支持されているというのはなんて素晴らしいこと!
(08年に「退店勧告」を受けたときに集まった反対署名は1万人を超える!)

井野さんは、ビジネスとは単なるお金儲けではなくてライフワークであり、
個人業こそ一生味わい深い時間を過ごすことのできる仕事だと書いています。
それなのに今、個人店は企業によってどんどん締め出されていて、スタートラインにすら立てないという現状…これは個人店だけの問題ではなくて、日本経済の問題だと指摘。

まさにそのとおりだと思うし、これは文化の問題でもありますよね。
だってお店も料理もひとつの「表現」だから。客はお店を選ぶし、お店も客を選ぶ。音楽と同じ。

料理といっても、家庭料理とはまた違う。それぞれの良さがあるな、と思いました。

単なるお店紹介にとどまらず、働き方、ひいては生き方、人生哲学にも通じるような内容で読み応えがあります。
こんな仕事の仕方はじつに素敵だと思う。憧れる。

あ、私信になりますが、ノラックさん。
やはりベルクはぜいたくな店といえそうです。これ読んだらよーくわかりました(笑)
(わたしがコメントで書いたことはこれとはまた別の話なのですが…)
ベルクはとにかく食べ物がすごい。
コーヒーも、ハムも、パンも、ファストフード的なお店でここまで高品質なものを提供しているお店はそうそうないだろうと思います!
ベルク最高!

| 本・雑誌 | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0)
12月14日(火)『世界の果てのビートルズ』

また新潮クレスト・ブックス。『世界の果てのビートルズ』(ミカエル・ニエミ著)。

スウェーデンの北の果て、北極圏の小さな村「トーネダーレン」で育った作者ミカエル・ニエミの半自伝的小説。
スウェーデンにおける2000年のベストセラーだそうです。

もっと全編バンドとロックンロールの話かと思っていたらそうでもなくて、スウェーデンの自然だとかアルバイトの話だとか(ネズミを捕るバイトなんだけど、とてつもないネズミの大発生…いったいどこまで本当なのか?)、おじさんの婚礼の話だとか、友だちや家族のことだとか、多様な話題がユーモラスに語られている。
まるでコメディ映画を観ているようだ…と思ったら実際2004年に映画化されているとか。

翻訳小説の楽しみってのは、わたしにとっては食べ物の記述って、すごく大きい。
「大草原の小さな家」シリーズしかり、「赤毛のアン」シリーズしかり、いやもっと小さなころから、フランシスシリーズやら何やら、た〜っくさんの絵本たちで、すでに食べ物の記述にばかり夢中になっていた…

おじさんの婚礼のときのご馳走がおいしそうだったなぁ。
これがスウェーデンの北の果てのご馳走かぁ(引用部分はデザートについての記述)。
カンゴス・ビスケットって、なんだろ!

若い娘のほほのようになめらかな甘いロールパン、白くぱりっとしたカンゴス・ビスケット、みごとなパヤラ風クリーム菓子、しっとりしたスポンジケーキ、アイシングをかけた菓子パン、はっとするほど美しい北極地方のラズベリー入りロールケーキ…
それだけでなく、ボウルいっぱいのホイップ・クリームと、太陽と黄金の味がする温めたばかりのクラウドベリー・ジャムも添えられていた。
コーヒーに添えるために、冬用のタイヤほどもある黄金のチーズが転がされてテーブルの上に置かれ、甘いお菓子の中央には、メインである固くて茶色い干したトナカイ肉のかたまりが置かれた。塩気の強いトナカイ肉を薄く切ってコーヒーに入れ、さらにチーズをひとかけかき混ぜながら加え、くちびるに白い角砂糖をはさむ。そして全員が震える指で肉とチーズを混ぜこんだコーヒーを受け皿に空け、それをすすって天にも昇る美味を味わった。

コーヒー&チーズ&トナカイって…! そしてこの独特の食べ方…どんな味なの!?
というように、食べ物って異文化そのもの。異文化をもっともダイレクトに感じるのよね。

しかし世界共通の事項もあるわけで、それを発見するのがまた面白い。
父親が大人になる心得として話す内容には、身につまされたというかなんというか…

憂鬱な思いにふけるのも、心を病む原因のひとつだった。ものごとをあまり考えすぎてはいけない、できるだけ考えないようにしろ、考えるっていうのは、すればするほど心を傷つけるからな、と父さんはぼくに忠告した。その毒を消すには、きつい肉体労働が効く。雪かきをしたり、薪を割ったり、クロスカントリー・スキーをしたりするのが一番だ。なぜなら、ソファに座ってだらだらしたり、なにかに寄りかかって休んだりしているときに、人は考えるってことを始めがちだからだ。
(略)
とりわけ大切なのは、宗教についてくよくよ考えないことだ。神と死と人生の意味なんていうのは、若くて傷つきやすい心にはきわめて危険な問題だ。うっそうとした森のように、たちまち道を見失って、最後には深刻な狂気の発作に襲われる。そういうのは歳をとるまで安心して放っておけばいい。そのころにはおまえも頑固になって強くなっているし、ほかにたいしてすることもないだろうからな。
(略)
なによりも危険で、なによりも警告したいものがある。それは読書だ。そのせいで、大勢の不運な若者がたそがれの狂気の世界へ追いやられた。このけしからん習慣は、若い世代のあいだに広がっているようだが、ぼくがその傾向をまったく示していないことが、言葉では言いつくせないほどうれしい、と父さんは言った。精神病院は本を読みすぎた連中であふれている。その連中も、昔は父さんやぼくと同じように、強い体を持ち、率直で、快活で、バランスがとれていた。それなのに彼らは本を読みはじめた。

やだー、これ笑いながら読むところかもしれないけど、笑えないよ〜!
だって、よく考えること、宗教や死の問題を考えること、読書すること…!
まさに三大悪事にいそしんでいたわたしだもの(笑) やばいやばい…

お父さん、めちゃいいこと言う! 言い得て妙!
(あう〜自虐的だな〜)

10代〜20代、わたしにもこんなこと言ってくれる人がそばにいたらよかったのになぁ…

| 本・雑誌 | 23:06 | comments(0) | trackbacks(0)
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